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執筆者の写真Hiroaki Ehara

かけだし情報1217

畑情報

先週末、日本有機農業研究会の全国大会が熊本県水俣市で開催されたので参加してきました。上の写真は水俣病で亡くなった患者さんの慰霊碑です。

水俣病は1956年に公式に発見された病気で、体内に入った有機水銀により脳や神経が侵される有機水銀中毒です。水俣市にはチッソという化学肥料を作る工場があり、その工場排水に有機水銀の一種であるメチル水銀が含まれていました。この工場排水は水俣の海に垂れ流し状態でした。

水俣病の発生した場所をめぐるツアーのガイドさんによると、水俣病が公式に発見される以前から、漁師さんなどには同様の症状を見せていた人がいたようです。また、漁師さんからは、最近ネズミの被害が多くて困るという苦情が役所にも出されています。ネズミが増えた原因は、猫が奇病で次々に死んでしまい、ネズミが増えてしまったというものでした。1955年は、水俣のある地区では猫が全滅するという事態も起きています。これは、猫がメチル水銀を含む海水や魚を食べていたものであったことは想像できます。

水俣病が拡大した原因は、汚染の原因となった企業が責任を認めずに来たことがあります。チッソという会社は水俣における重要な産業であるだけでなく、戦前から戦後にかけても重化学工業の中核的存在でした。今では農業用のハウスなどでも使われる塩化ビニールの製造を日本で初めて行っています。塩化ビニールなどの製造過程でアセトアルデヒドが必要になり、このアセトアルデヒドを製造するための触媒が水銀だったのです。

原因物質の特定後も認定を受ける人、受けられない人、補償を受けられる人や受けられない人など、住民間、患者家族同士でも難しい関係になったことも多かったようです。

この慰霊碑のある場所は、工場の排水が流れ込みヘドロの溜まった場所にあります。ヘドロを吸いだして集め、コンクリートで蓋をしてヘドロが流れ出さないようにしています。そのため、ヘドロの中にはいまだに水銀も含まれていますから、大きな地震があった場合、また覆っている囲いの対応年数がどのくらいまでもつのかなど、まだ危険と隣り合わせなのだそうです。

汚染したものも海に流してしまえば薄まっていくから大丈夫、というのが当時の企業の考え方でした。それは今も同じように続いています。原発事故で汚染されたものを海に流すことを検討しているとの話がでています。水俣で起こったことをまた繰り返そうとしていることを怒っている人たちがたくさんいます。

将来を生きる子どもたちに悪い影響が出ることがないように考えるのではなく、今の状況を逃れることを考えるからなのでしょう。

 水俣病は今も完全に問題が解決した訳ではありません。ヘドロを吸い取ったと言っても、ある限定された範囲ですから、そこから少しだけ離れたところは完全にヘドロが無くなったということではないからです。また、水俣病という負のイメージを早く消したいという考えが行政サイドにあるようだとの話もありました。その気持ちもわからないではありませんが、

大きな犠牲を出した水俣の出来事をしっかりと次の世代に伝えることも大切だと考える人たちもいて、日本の若い人たち、世界の人たちをツアーで迎えながら、水俣のことを伝える活動もしています。

 今回の水俣での全国大会は、有機農業の原点ともいえる場所で行ったという点で、参加した人たちにも意義のあるものとなりました。そして何より、この大会を企画、運営したのが熊本県の有機農家や生協の関係者で、それも若い人たちが中心でした。この大会のことについては次回に詳しく書きたいとおもっています。有機農業は単に有機資材を使って農産物を作るものではなく、人と人との関係や、人と自然、環境の関係を考え、築いていくものであるということを再認識した場所でした。


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